あなたの視野を広げるために役立つ意外なもの、…それは「絵本」!

読書時間を捻出できず読み終える自信がなかったり、活字の苦手の人なら躊躇してしまうような分厚い本をパートごとに分断。

数人で、本の一部分のみを担当して読み、内容を発表し合うことで、「分厚い本を読み終えた」達成感を得られるというユニークな読書会に参加したことがあります。

いま話題の、読み応えのありそうな本を読み終えれば満足感が得られることは間違いないし、その本の愛読者たちとの会話も弾むことでしょう。

世間一般でいう知識層の仲間入りを果たしたような気分もあるかもしれません。

しかし、私自身はその読書会に、いまひとつ、喜びを感じられませんでした。主な理由はふたつあります。

ひとつ目は、そこに集った人たちの読書体験にバラつきがあり、担当箇所の内容の理解が浅いと思われるスピーチが多かったこと。

信用の薄い他者の理解にゆだね、意味を自分で咀嚼することがなかったら、真に内容を把握したことにはならないな、と思ったのです。

もうひとつは、「偏った読書体験になってしまう」ことへの危惧でした。

読書経験の少ない人が、他者をと協力し合うことで分厚い一冊の本を読み終える。苦労もあるから、著作者の言い分をストレートに鵜呑みにする。

これこそが「すべて」で「正しい」。これさえ読んでいるから大丈夫などと安易に考えることに繋がりかねない、と思ったのでした。

読書とは、ひとつの事柄に対しての視野を広げたり、多様な見方を知るということがひとつの目的なのではないでしょうか。

もっと異なる意見はないか?とか、自分だったらどう考えるか、自身に生じた疑問点を意識することもないままの読書は、帯を読んだだけで内容が分かった気になって、得意げに世間に吹聴するのと大差ない気がします。

自分の人生を変えてしまうような衝撃的な一冊との出会い、著作者に大いに触発されるような、強烈な読書体験があっても、もちろんいいと思いますよ。

しかし、この読書会のように分断箇所を流し読みし、同じように流し読みした相手の理解に、本の内容理解を委ねてしまうことは、言い方は悪いかも知れませんが、あまりに「薄っぺらな読書」の気がするのです。

そして、さらに作者の意見をなんの疑問もなく素直に受け取り、その思想を受け入れるのは、日頃、いくら本を読まないと言っても、あまりに無防備過ぎ、けっして「よい読書体験」と言えないのではないか、と思うのです。

活字を読むのがあまり得意でない人に、ぜひオススメしたいジャンルの本があります。これらなら、活字を読むことにさほど脳みそをつかわなくても、時間が少ししかなくても、多様な価値観、幅広い視野をどんどん吸収することができます。

そんな素晴らしいジャンルの本とは、「絵本」のことです。日頃、本屋や図書館に行く機会のない人、五分でいいです。児童書コーナーに足を踏み入れ、その種類の多さに圧倒されてみてください。

そして、その数多い種類の中から、自身のインスピレーションで「これ」と閃いた一冊の本を手に取って、パラパラとめくってみてください。

「つまらない」「取るに足らない単なる子どもの本」だと思うかも知れません。

しかし、なぜだか分からないけど涙が止まらなくなったり、心があったかくなったり、あるいはずっと抱えていたあなたのトラブル解決のヒントを得たり…、そんな素敵な絵本との出会いがきっとあります。

身近なモテる人に聞いてみてください。モテる人ほど「スペシャルな一冊」を持っています。

分厚い一冊の本を読むよりたくさんの絵本を読むことで視野が広がり、「モテ」に繋がること間違いなし!